ぽんたろのこや

想いの備忘録

奥にしまった涙で 花が咲きますように。

 

 

『盗まれた雷撃 The Percy Jackson Musical』

 

2022年、京都公演。

 

 

 

 

 

 

主演 岡本圭人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大好きだったHey!Say!JUMPのひとり。

 

そして、Hey!Say!JUMPではなくなったひとり。

 

 

 

 

 

 

 

6年振りに会いに行ってきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会いたいな

会ってもいいのかな

ちょっと怖いな

 

 

 

 

 

それでもやっぱり会いたいな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日に至るまでに、自分の中で少し時間がかかってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

てっきり次に会えるのは、特別な思いで買った君の団扇を涙ながらに振りながら、スポットライトに照らされてキラキラのステージ衣装で歌って踊る姿を見る日だと思っていたから。

 

 

 

 

 

 

大好きなグループの、大好きなそのなかの1人の新しい夢を知って、涙ながらに背中を押した4年前。

 

 

 

 

 

寂しいながらも、8人の姿と1人の"ひとりごと"を気持ちの支えにして、いつかの新しい9人を夢見ながら追いかけていた3年前。

 

 

 

 

 

 

 

8人の姿に慣れてしまったけど、「やっと」「ついに」と、もうすぐ先の未来で会える9人の姿に胸を高鳴らせて待っていた2年前。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その姿がもう夢のままで終わってしまうことを突然伝えられた1年前。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手放さなきゃならないとなるとあんまりにも眩しくて、愛おしくて、そのぶん残酷な夢だった。

 

 

 

 

瞬時に受け入れられないあまり「そうかそうか、それが新しい夢なんだ。しょうがないなぁ、頑張ってよ!」なんて、情けないくらいペラペラな感情を装って身を守ってた自分がいた。

 

本当に情けないくらいにわかりやすい嘘だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの日からずっとずっと、自分の中で悲しい顔をして居座っていた想い。

 

 

 

圭人が新しく見つけた夢は、Hey!Say!JUMPにいたら叶えられない夢だった?

 

圭人が目指す世界は、Hey!Say!JUMPとして、Hey!Say!JUMPの1人としてのままじゃ見られない世界だった?

 

 

 

 

 

居場所はずっとここにあったのに。

みんなはずっとここにいたのに。

これまでも、これからも、ずっとずっとここにあったのに。

 

 

 

 

 

 

 

待っていたのに。

 

 

 

 

 

 

 

またね、と見送ったあの日から、新曲やアルバムのリリースを重ねるごとに目まぐるしく大躍進していく8人のJUMPを見て「圭人どうする?JUMPこんなに凄いことになってるよ。ついてこれる?圭人も頑張ってる?」なんてにやにやしながら、そのなかに加わる圭人の姿を、進化した9人の姿を思い描いていた。

 

 

 

 

 

 

結局、叶ったとは到底言い難い、9人は9人でも、最期だと突き付けられたうえでの9人=1人と8人の姿を、配信映像の小さな画面越しに見ることになった。

それが、わたしの待ち望んでいた大好きな9人が、横に並んだ最期の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからこんな、決して前向きなんかじゃないこんな思いだけを抱えながら会おうとするのは怖かった。

 

 

変わっちゃったんだなって思うのが怖かった。

 

もうあの時の圭人はいないんだなって身をもって実感してしまうかもしれないことが怖かった。

 

 

 

 

 

会わないままでいたら、わたしの中の圭人はずっと、わたしの知ってる圭人のままでいてくれるかな、なんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなたらればを繰り返す中でじわじわと、新しく生まれた夢を受け入れるにはきっと、あまりにも自分は圭人を知らなすぎたんだと気付いた。

 

 

 

 

 

留学した後、初めこそ飛びつくように耳を傾けに行っていたひとりごとにも、アップされることが日常だと傲って段々と頻繁に足を運ばなくなったのも事実だった。

 

 

「まぁ帰ってきた時にでもまたゆっくり聞かせてよ」なんて甘んじていたわたしが馬鹿だったかな。ごめんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな後ろめたさもあり、向こうでの努力も充分に知らずに「Hey!Say!JUMPの岡本圭人」を諦めきれないまま「岡本圭人」すらも受け入れずに過ごしていくのは、ずっと帰りを待っていた自分にとってなんだかすごく情けないことのように思えた。

 

 

Hey!Say!JUMPという肩書きのない「岡本圭人」を知らないまま、ずっとあの日の圭人にばかり思いを馳せるのは違うのかな、と思った。

 

 

 

知らないまま、分からなかったままで終えたくなかった。

やっぱり会いたいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

知りたかった、圭人がどんな夢を見つけて、どんなことを学んで、どんな力を身につけてきたのか。そんな時間を経た圭人はどんなふうにステージに立つのか。

 

 

 

 

圭人が帰ってくるのをなんであんなにも楽しみにしていたんだろうと考えたとき、単純に大好きな9人がまたくだらないことで笑いあっている光景を見たかったのもある。あるんだけど、それ以上にわたしはきっと、圭人がどうなりたくて、何をやりたくて海を渡る決断をして、実際どんなふうにパワーアップしたのかをずっと実感として知りたかったんだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

望んでいた100%の光景は見られないと突き付けられた。

待っていた9人の姿は、思い描いていた100%には程遠かった。

 

 

 

 

 

 

だけど、せめて、おかえりって言いたかった。

 

待ってたよって、皮肉っぽくなっちゃったとしても言いたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなでやっと腹を括って会いに行くことを決めました。

 

 

『Hey!Say!JUMPの岡本圭人とのお別れ』を自分の中にしっかりと落とし込もうと思いながら新幹線に乗り込んだ。

 

未練を消して、圭人やJUMPみたいに前を向けたらいいなと思って、会場に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幕が開いて、本当に圭人がそこにいて。

信じられない光景になんだか可笑しくなっちゃって笑っちゃったあの感情を、今でもはっきりと覚えている。

 

 

 

 

おかえり。

 

待ってたよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

舞台の上、パーシーは歌って、踊って、戦って。

 

決してパーシーは満ち溢れるような自信なんてものは持ち合わせていなかった。

だけど、圭人が胸を張ってそこに立ってること、生き生きと楽しんでいることは、痛いくらいに分かった。

 

 

 

 

 

 

 

すごいね、圭人。

 

 

 

 

ほんとうに大きくなったんだね。

 

 

 

 

 

 

圭人が学んできたこと、やりたかったこと、やっていきたいこと、今一番楽しいと思っていることは、こんなことだったんだ。

なんか悔しいし、寂しくないなんて言ったら嘘になるけど。やっと知ることができて、嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

上演中、思わず「かわいい」が口からこぼれてくすくす笑ってしまった場面がたくさんあった。

 

 

そして何よりカーテンコール。

目一杯客席に手を振りながら客席を端から端までしっっかりと見渡して、それもきっとお客さん一人一人と目を合わせながら手を振っていた圭人。

 

あまりにも変わらない大好きな圭人で、思いがけずひとつこぼれた涙がぽろぽろと止まらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

上演日にアップされたひとりごと

「一生懸命、パーシーとして生きてきます!!」

 

 

文字通り、わたしが観たのはパーシーだった。

カーテンコールのその時間まで、あれはパーシージャクソンだった。

 

 

 

 

 

 

だけどカーテンコールが始まって、舞台袖から駆けてきたのは、紛れもなく岡本圭人だった。

 

 

あのときのあの時間だけ、本当の意味でやっと会うことができたと思えた。

その短い時間で会えた岡本圭人が、わたしがずっとずっと大好きだった岡本圭人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大好きな人がいなくなってしまうのがつらかった。

変わってしまったんだと思うのが怖かった。

 

 

 

 

 

だけど、あのカーテンコールでの姿が、一人一人と視線を交わしながらにこにこと手を振る姿が、あまりにもわたしの見てきた、知っていた圭人で。

変わっていなかった圭人で。

 

 

 

 

 

 

 

 

大きな会場のカラフルな照明を反射して光る、めいっぱいに散りばめられたスパンコールの眩しい衣装を着て、トロッコに乗って、会場の隅々まで見渡しながら手を振るあの頃の圭人。

 

 

新しい夢を持って海を渡って、新しいステージで0番の位置に立って客席に手を振る圭人。

 

 

 

6年間の時を経て自分の目の前で重なってしまって、もう、せき止め切れなかったいろんな想いと涙が、ぐちゃぐちゃになって溢れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

狡いなぁ、

 

 

こっちが精一杯強気なフリして見送った地で自分だけの夢を見つけて追いかけてっちゃうなんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

留学の決断をしなければ見られなかった姿だと思う。

これまでの圭人じゃ見られなかった特別な景色だとも思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わかってる。

 

 

そんなことはもう十分に、悔しいけどわかってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

我儘でごめんね。

 

それでもやっぱり、向こうで沢山身に着けたスキルと自信を、帰ってくると約束した大好きな場所で、大好きな人たちと並んで、その中で活かされる光景をみたかったなぁと思ってやまなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ねぇ、圭人。

 

やっぱりわたしは今でも度々思い出すんだよ。

いたジャンの1人ロケの日の夜、視聴者以上にメンバーを楽しませたいって嬉しそうに話してた圭人のこと。

 

 

そして今でも思ってしまうんだよ。

 

今のJUMPに帰ってきた圭人がもしもいたら、どんな化学反応が起こるんだろう。どんな風にみんなと笑うんだろう、って。

 

 

 

 

 

 

圭人がずっと大切にしてきたJUMPのみんなのなかで、大好きなみんなのなかで、眉尻を下げながら優しい顔で嬉しそうに笑う圭人のこと、きっとわたしはもう見ることができない。

 

 

 

 

 

 

 

 

変な話だけど、JUMPの8人のこと、わたしは「羨ましいな」と思う。

 

 

 

今でも変わらず、何も変わらず、ただただ岡本圭人という人間と親しくいられてるJUMPが羨ましい。

 

圭人がJUMPじゃなくなっても、みんなは度々最近も躊躇いなく圭人のことを嬉しそうに話して、会ったり話したりなんかもしていて。

 

 

 

 

 

 

あの頃の9人のことを思い出してはたまに立ち止まったり振り返ったりしてしまうわたしなんか置いて、JUMPは前を進むし、かといって圭人のことは今もみんなの中で現在進行形な関係で変わりがない。

 

 

 

 

 

 

留学中も会いに行ったり連絡を取っていた様子を知ってたから、留学の前後ずっと変わらず、Hey!Say!JUMPであるないにかかわらず、8人とJUMPの関係性は変わらず続いていたことはわかってた。だけど、JUMPにいる圭人しか知らなくて、JUMPにいる圭人をずっと好きでいたわたしは、その場から離れた岡本圭人という人をどう捉えるべきか分からなかった。

 

 

わたしはJUMPじゃなくなった圭人への想いの向け方が未だに迷子なのに、8人にとってはずっと「岡本圭人」なんだよね、きっと。

 

 

わたしはもうその変わらない関係性の中での9人を目にすることはできないのに。

変わらない愛おしさを純粋に感じることはできないのに。

 

 

 

 

 

 

 

ただただみんなのことが羨ましいな、と思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

圭人に会えて、圭人の『今』を知って、あの頃の圭人への想いや一方的な幻想はなんだかんだ俄然大きくなってしまった。

 

だけどそれはきっと、紛れもなく岡本圭人の成長がそこにあったからだと、それが確かだということの証拠で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしにもいつか、圭人に対して「新しい夢を見つけて、追いかけてよかったね。」って心から思える日が来るのかな。

 

いつまでもこんなだらしない感情をぶら下げていくなら、いっそもうその日が早く来てしまえばいいのにな、なんてことも思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

笑って迎えられるその『いつか』が来たら、今度は素直に笑って背中を押させてほしい。

 

8人で並ぶJUMPを追いかけるわたしに、際限なくもっともっと胸を張らせてほしい。

 

 

 

 

 

JUMPは凄いから。

本当に、無敵だから。

 

 

 

 

圭人よりもっともっとそばで、肌で感じてるんだぞって、ちっぽけな強がり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大好きだったよ。

 

 

 

なんだかんだ色々と好き勝手に話したけど、結局今も、大好きなんだと思う。

 

肩を並べて歩けなくても、距離が離れてしまっても、圭人が圭人で居続けている限りそれは変わりようがないのかな。悔しいけどきっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

帰ってきてくれてありがとう。

圭人が自分の手で掴み取った世界、大切にしている世界に足を運ばせてくれてありがとう。

 

 

 

 

 

びっくりするくらいにかっこよかったよ。

 

本当に素敵な舞台でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ありがとう。

これからもずっと、圭人の好きな世界を愛していてね。

 

 

 

 

 

 

またね!

 

 

 

 

こんな能天気でも壁に当たったはなし。

いらっしゃいませどうも!!ぽんたろです。

 

忘れないうちに “わたしの今の気持ち” を備忘録的に残しておきたいなぁと思いつつ、「コンサートから帰ってから」と決めておいたものをここに記していこうと、久方振りにはてブロを開きました。

 

毎度のことですがいかんせん語彙力・文章力がないうえ、オタクの皆様には各々の価値観等あるので(もちろん否定的には捉えていません)、もしかするとここでモヤっとなったりすることがあるかもしれません。あくまで「わたしは~」という前提の上でのはてブロですので、読んでもいいよ!という心優しい方は、ご理解の上お読みくださいますようお願いします。

 

 

 

さて、本題に入ります。

 

 

わたしはこれまで、わたし自身がJUMP以外のグループに対して「本気で応援したい」と思うことを敬遠し、良しとしてきませんでした。

自分以外のオタクの方々がそうした所謂『掛け持ち』をすることに対しては、以前から不快感や嫌悪感は全くと言っていいほどなかったのですが、己のこととなると、考えたことこそなかったけれど「自分はそんな器用にオタクはできない」と思っていたと思います。

 

そんなわたしがひょんなことから、以前よりも他グループに真剣に目を向けるようになったきっかけは、明確なスタート地点こそないにしろKing&Princeの岸優太君にあったと思います。思い出した時に見る程度だった少クラを、JUMPしか見る気のなかった大型歌番組を、楽しみを抱えながらしっかりと見るようになりました。

そして様々な活動が気軽に見られる時代になったことも手伝って、加えて惹かれていったJr.グループの、SnowMan に なにわ男子。

JUMPとは似て非なる魅力を各々持ち合わせた彼らを見ているときは、楽しかったし、なんだかちょっと新しい自分とも出会えたようで、スリリングさも含んだ嬉しさを感じていました。

 

 

だけどそんな時間を過ごす中で、『何か』が喉の奥のほうでつかえている。

そんな感じがしました。

 

 

その『何か』の正体は割とすぐに察しがつきました。 

 

 

茶化し大半、家族から何気なく放たれた「JUMPはもうよくなったんだ?」という言葉。

新しい風を吹き込んでくれた彼らへの気持ちを素直に受け入れられない自分。

そして何より、大好きなJUMPのパフォーマンスを見ながらもどこかから湧いてくる罪悪感。

 

『わたしはJUMPだけが好き』が長らく自分の信念のようなものとして居座っていたために、なかなか自分の現状に対する違和感を捨てきることができないでいました。

 

 

どちらかを見るにせよ、こんな気持ちを抱えながらその姿を見るのは双方に失礼だと思いました。そしてその申し訳なさが、さらに自分の中のモヤモヤを膨らませていきました。

 

 

わたしはやっぱり一つに絞っていないと、本気で応援なんてできっこない。

そんなに器用じゃない。

現に今、こんな気持ちを抱えてしまっている自分がいる。

こんなのがJUMPのコンサートに行ってもいいのかな。

JUMP本人を目の前にしてもこんな違和感を持ったままでいなきゃいけないのかな。

 

 

そんな中、考えたくもないけれど、そういう友人をたくさん見てきたからどうしてもよぎってしまった『担降り』のフレーズ。

一瞬でも脳をかすめたことが自分でも驚きでした。


だけどわたしは本当に、ここぞの勇気ってものが出ない性分で。ここで自分からJUMPを切り離すような度胸は持ち合わせていませんでした。(多分切り離すつもりなんてハナからなかったとは思うけれど。)

少なくとも好きでいられる限り、JUMPとだけは離れたくない。

今までのように楽しく応援していたいのに。

どうしたらいいんだろう。

 

 

そんなとき、なかなか見る機会を逃していた少年倶楽部プレミアムをやっとこさ再生し、『パレードが始まる』に出会いました。(曲とのはじめましてはパフォーマンス込みでちゃんと聴きたいと思っていたのでこれがこの曲との初対面でした。)

 


そして、わたしにとってかけがえのない瞬間を迎えます。

 


「傍にキミがいることで何度でも立ち上がれた

 次は僕に任せてよ 

 You can trust me 鐘を鳴らせ

 

 Welcome to the new world 

 誰も知らないこの場所に

 キミを連れて来たくてさ

 キミに夢中 まだまだ途中 

 心を知りたくて さぁ

 始まるパレード 光が舞って 

 鳴り止まない音に身を任せて

 縮まる距離に 愛しさ溢れ 

 I want to be with you 夢を見よう」

 


こんなにも真っ直ぐに歌詞が突き刺さってくることは今までなかったかもしれません。

変わらないわたしの大好きな笑顔で歌うその姿に、そして歌に乗って届いた言葉に、涙が止まりませんでした。

 



受験のとき


交友関係で悩んだとき


色々なことが思うようにならずに不安を抱えたとき


わたしを幾度も励ましてくれたのは紛れもなくJUMPだった。


JUMPがこれから進んでいく道とそこから見える景色を、やっぱりまだまだ見ていたい。

彼らと一緒に夢を見たい。

 

この曲を通して確信を持てたのは「わたしが手放さない限り、JUMPのほうから離れていってしまうことはない」ということでした。

不安と焦りで見えなくなっていたこのことに気付けたとき、ズンとのしかかっていた肩の荷が、温かいものに包まれてスッと溶けて消えていく感覚がありました。


それと同時に、いつだって傍に寄り添って、我が家のような温かさで包んでくれる彼らの存在の大きさに改めて気付かされました。

 

 

わたしの勝手な、なんとも都合の良い解釈だけど、わたしはJUMPを我が家として、他のグループの素敵な部分にも触れて応援しながら、これからもっともっと楽しくオタクを続けていきたい。

 

 

 

オタクの気質かやっぱりわたしはチョロいもんで、ラクに楽しく『掛け持ち』を捉えてからは本当に心から楽しんで好きな人たちの活動を見られるようになりました。

 

JUMPはもちろんですが、今現在、なにわ男子がとっても好きです!!!!!

 

 

そして、晴れやかな気持ちを胸に迎えた『PARADE』は、それはもう格別な、かけがえのない時間を与えてくれるものでした。

お世辞にも席は近いとは言いがたい所でしたが、コンサートという場所で不思議と彼らとの心の距離は感じませんでした。


だってわたしにとっては活動拠点、家族なんだ。しがないファンの一人だけど、JUMPのファンだからこそJUMPと強くつながっていられるのだと感じました。

 

これから、わたしの身に何が起こるかは当のわたしにも分かりません。

だけどどうか、願わくばこの先もずっと、Hey!Say!JUMPのファンでありたいと、そう思います。


ずっと楽しく笑っていてくれてればそれでいいや。

その素敵な笑顔を見せてくれるなら、わたしは十分幸せものだ。

 

 






あなたたちを思う宝物みたいに大切な気持ち、

忘れないから、忘れないでね。




大好きで大切な、かけがえのない9人と、ここにいるちっぽけないちファンとの、今までとこれから先続いていくH.our Timeに願いを込めて。

 

わたしと、絵本と、ケロちゃんと。

いらっしゃいませどうも!!ぽんたろです。

 

はてブロ、長らく放置しておりましたが久々にポチポチと打っております。

何か更新したいな~何がいいだろな~と思いつつだいぶ間があいてしまったのですが、、、

 

やっぱり大好きを発信したい...‼ということで、わたしの推し二大巨頭

 

 “薮宏太” “ケロちゃん

 

今回はその後者、かえるのケロちゃんについておはなししていきたいと思います。

 

 

●まずケロちゃんとは??

絵本作家 島田ゆかさんの作品「バムとケロ」シリーズに登場する、超プリティでやんちゃなトラブルメーカー(※個人的見解)なかえるちゃんです。(青い車に乗ってるみどりのコ)

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「バムとケロのおかいもの」(文溪堂)

わたしのTwitterアイコンもケロちゃんです!

アイコンに対して「かわいいですね!」と反応してくださる方がいらっしゃりほんっっっっっっっとに嬉しい限りです(;;)

 

 

そんなケロちゃん、なんといってもフォルムがプリティの極み

まぁるい後頭部にこれまたまぁるいおしり。横から見たときに見える頭からおしりにかけての丸みがなんとも言えない。ポッコリおなかもさることながら、小さなお手ては天使のよう。極めつけには母性を溢れさせんばかりのプリティフェイス…

 

アーーーーーーーーかわいい、、、、

 

 

何をべらべらと喋ってんだって感じではありますが、見ればわかります。きっと。  

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「バムとケロのさむいあさ」(文溪堂)

 

 さいっっっこうにかわいい。

わたしの癒されようを言い表すならそうだな、ケロちゃんは皮膚呼吸よろしくマイナスイオンを放つような…(やめろ)

 

 

わたし現実のカエルはちょっと無理なんです。

 あと、思うに人間で言うところの白目部分が黄色いのって、なんとなくかわいくならない気がするんです。

 

なのに!この!かわいさったら!!!!!

 島田ゆかさんの表現力というか、イラストを描かれる才能って、ほんとに素晴らしくて大好きです。

 

 そしてわたしがケロちゃんの大好きな理由、見た目だけではないのです。

 

 先程も少しお話したように、ケロちゃんのやんちゃなトラブルメーカーぶり、そして子どもらしさの見える純粋さ。

 ケロちゃんの「かわいい」は、内面からも外見からも感じています。

 

例えば、

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・散らかすだけ部屋を散らかして外で泥にまみれ帰宅。(長靴 雨傘ともに帰宅させる)

 ≪左上(バムとケロのにちようび)≫ 

・モルくんの背中に飛行機のペイントついでに直塗りペイント。(自画像)

 ≪右上(バムとケロのそらのたび)≫

・氷の池から保護したかいちゃんが翌朝家を去っていて泣き伏す。

 ≪左下(バムとケロのさむいあさ)≫

・莫大な昼ごはんを注文。が、ちっこい体に入りきるはずもなく。3つ食べてギブ。

 ≪右下(バムとケロのおかいもの)≫

 

目いっぱいかわいがって面倒見てあげたいくらい、、、

なんてかわいいんだ…

 

こういう魅力ばかりは、わたしに語りつくせないので是非皆さんにも手に取って感じていただきたい。(布教まがい)

 

ところで皆さん、同じく島田ゆかさん作の「かばんうりのガラゴ」をご存じですか?

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「かばんうりのガラゴ」(文溪堂)

旅するかばんやさんのガラゴのおはなしです。こちらもほんとうにかわいい‼

 

このガラゴとバムケロシリーズ、異なるお話なのですがつながっていて、そういうポイントも島田ゆかさんの素敵なユーモアセンスなのではないかと思います。

 

ちょっとここからストーリーテラー風におはなししていきます(笑)

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「かばんうりのガラゴ」(文溪堂)

旅の道中に出会ったかえるのおかあさんは素敵なかばんをガラゴに手渡されます。

 

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「かばんうりのガラゴ」(文溪堂)

そしてこのおたまじゃくしちゃん、たぶんケロちゃんなんです。(ママ瓜二つやん…)

 

ここからわたしの想像なんですが…

ガラゴとバムはもともと知り合いで(ケロママと出会ったさきほどの画像にバムのお写真が飾られています)、ガラゴは旅人の身の上だからケロちゃんをバムに引き取ってもらったのかな…なんて思います。

 

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「バムとケロのおかいもの」(文溪堂)

バムケロシリーズの中でふたりのおうちに、さっきのスイカの器ではねるおたまじゃくしちゃんとガラゴのお写真が飾られています。

 

また、「バムとケロのおかいもの」にて、ごった返す市場には、ガラゴのかばんも隅に描かれていました。

 

 

発見当初のわたしはこれを見て、おたまじゃくし時代の育ての親と同じ空間にいながら会えないなんてこんな切ねぇ話あるかよ…と思ってました。

 


しかしご安心ください。

ケロちゃんとガラゴ、まだまだしっかりと繋がていました。

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「うちにかえったガラゴ」(文溪堂)

めちゃくちゃ愛おしい( ; ; )

冬のあいだは自分のおうちに帰るガラゴ、毎年冬には会えてたんだな~とじんわりと感動で目頭が熱くなりました。(激重)

 

 島田ゆかさんの作品はどれも本当に素敵なものばかりです。

小さな子どもたちのみならず、ぜひたくさんの世代の方に読んでもらいたい…!そう感じずにはいられません。

 

皆さん是非!!!!!是非に!!!!!!!手にしてみてください!!

 

 

 

 

 さて!

毎度のごとく文章のまとまりの悪さで長々しいものを書いてしまいました、、、

ここまで読んでくださった皆さん!本当にありがとうございました‼‼

 

ケロちゃんオタの綴るはてなブログ、いかがでしたか?

ほんの少しでも楽しんでいただけてたらなぁ。

 

 

このはてブロで、読んでくれた方が少しでもケロちゃんに興味関心だったり、かわいい!のまなざしを向けてくだされば、ぽんたろ、こんなに嬉しいことはありません。

 

 

今後も薮ちゃんそしてケロちゃんに、たくさんの大好きを伝えていく次第であります!

 

 

 改めましてみなさま、ここまで読んでくださりありがとうございました!!!

 

 

巡り巡ったオタクロード、JUMP担になるその日までのおはなし。こばなし。(JUMPの巻)

 

歯痒いことに、私が晴れて彼らのファンになったのは『理想の息子』の終了後。

JUMPのメディア露出は希少な時期でした。

 

 

少クラも司会がほとんどだったため、歌う姿を見ることは少なかったと思います。

もどかしい時期を過ごしました。

 

 

そんな中嬉しいニュース。

 

金田一少年の事件簿』のスペシャルドラマにやまちゃん、だいちゃんの出演。

そしてやまちゃんのソロシングル『ミステリーヴァージン』リリース。

 

 

初めて自分のお金を出して買った記念すべきCDは『ミステリーヴァージン』でした。

 

 

そして続けて『Come On A My House』リリース。

初めてバーモントカレーのCMを目にした時、家で1人 驚きと喜びで数分間涙が止まらなかったあの感動を、私は絶対に忘れません。

 

「Hey!Say!JUMPが好き!!」と私が言うと、友達は口々に「あ!あのカレーの人たちでしょ!」と言ってくれるほどに。あの一曲には感謝してもしきれない。

 

 

2013年、ほんとに激動期でした。

 

なんてったって私のJUMPファン史に強く刻まれた、初のコンサート参戦、『全国へJUMPツアー2013』。

 

 

コンサートというもの自体、私にとって初めてで。

JUMPを好きになってからのコンサートは、姉のファンクラブ加入前だったことによるチケット入手ならず(姉妹で1名義のため現在もぽんたろは未加入)、東京のみの公演だったため諦めざるを得ず…などと悲しい結果に見舞われていました。

 

初のコンサート、初のJUMP。

実感を持てないまま迎えたコンサート当日。

 

もちろん、一生涯忘れられない宝物になりました。

Hey!Say!JUMPは、確かに同じ時間、同じ空間に存在していました。最高に嬉しかった。楽しかった。

 

 

 

その後の年からも有難いことにコンサートに足を運ぶことができました。

日に日に大きくなる彼らの存在が私に色々な壁を乗り越えさせてくれたことは、紛れもない事実です。

 

 

 

今、そんなこんなでJUMPを応援することに沢山の幸せを噛み締めながら、早6年程が経とうとしています。

 

 

 

3度目のコンサートDEAR.が大きな要因となり薮宏太に堕ち めでたく薮担となったのは、私の中で大きな節目だったかと思います。

近くで見た薮宏太の破壊力は想像を絶するものであった。

 

ええ、もちろん喜びしかないです。

薮ちゃん万歳。

推しがいるってなんて素晴らしいの、楽しい。幸せだぁ。

 

 

 

薮ちゃん、並びにJUMP。

ほんとうにありがとう。これからもどうか末永くよろしくね。心の底から大好きです。

 

 

 

渡り歩いたジャニオタロードですが、その時その時が輝いていて、大切な時間でした。

 

 

 

今後ともきっと私にとってかけがえのない時間をくれるのだと思います。

ちっぽけな動機が発展して形成されていったジャニオタぽんたろ。人生何が起こるかわかんないもんです。

 

 

私はこれからが楽しみで仕方がない!!!!!

JUMPはこれから私にどんな景色を見せてくれるんだろう、なんて思います。

 

 

 

 

めでたしめでたし。

これにてほんとの完結です。

 

 

 

 

 

 

最後にひとつ。

 

こんな突発的でポンコツなブログをここまでご覧くださった優しいあなたに、素敵な出来事が起こりますように。しんどい時に見上げる空が綺麗であるとか、しんどい時に目にした自担の顔がこの世のものとは思えないほど綺麗であるとか、そういうことでもかまわない。

 

大好きな人を応援するみなさんの人生が、これからもっともっと幸多きものとなることを切に願っています。

 

ありがとうございました~~!\♡/

 

巡り巡ったオタクロード、JUMP担になるその日までのおはなし。こばなし。(下巻)

 

月を重ねるごとに増えていく雑誌。

 

 

そのことで格段に目にする機会の増えた、ジャニーズの美男子たち。

 

 

ハッキリとはしていないけど、きっと雑誌で目にするようになったことで異なるグループのメンバーに惹かれていったのかもしれないな、と思います。

 

そのメンバーというのは、

 

 

 

 

増田貴久くん。ご存知、まっすーです。

 

 

 

キスマイにハマった年の2011年、その後半。

まっすーが赤髪にしたのもその時期だったはず。

この赤髪まっすー、何を隠そう はちゃくちゃに似合っていた。こんなに赤髪が似合う人は、いまだに私の中でまっすーがトップクラス(そしてセカオワFukaseくん)

 

 

でもまっすーまっすーしてたワケでもなく、NEWSはまるっと大好きでした。

 

当時NEWSは激動の時代。2人が抜けた時、私はまだ彼らのファンと名乗れるほどのものではなかったのかも知れない。NEWS好きだよ~、そんな感じ。

 

私が胸を張ってNEWSファンと周りに公言し始めたのはその後でした。

だけどメディア露出は殆ど無く。グループでいる姿を見られる雑誌が私の一番の楽しみでした。

 

 

そうして迎えた2012年、『チャンカパーナ』リリース。

 

ずっとずっとNEWSを応援してきた方々には及ばずとも、本当に嬉しかった。

確か初披露はHEY!HEY!HEY!、正座して凝視した初チャンカパーナ

 

大号泣でした。

 

真っ白な衣装に身を包み、横一列に並んだNEWS。歌って踊る姿がもう眩しかった。

 

 

大いに喜んで間も無く数ヶ月後、『レジデント~5人の研修医」にてまっすーのテレビ出演決定。

姉からその情報を聞いた時、歓喜のあまり走って布団にダイブしました。万々歳。

 

ヘタレ研修医だと???? ドツボ…

思った通り大好きなまっすーでした。

 

私のNEWSファンの道はとても華々しいものになりました。

 

 

 

 

そして、そんな私に最大の転機が訪れました。

 

Hey!Say!JUMPとの出会いです。

 

 

 

どのタイミングで?いつ?何を見た時?

 

それは私にもわかりません。

JUMPファンに至るのにも「ここのこの時点から」はありませんでした。

 

しかしファンになる種(タネ)は、着実に撒かれていました。

 

ここでも登場、ぽんたろ姉。(私のジャニーズとの関わりに姉は重要な人物なのであった)

 

 

姉とは、同じファンの道を辿ってきました。

嵐、そしてキスマイ。

 

しかし姉にはNEWSファンの時代はなく、代わりに私よりも少し早く、JUMPファンの道を辿り始めていたのです。

 

 

 

キスマイにハマった姉、情報収集に(少なからずガキンチョぽんたろよりは)長けていました。そこでたどり着いた番組は、あの『ザ・少年倶楽部』。

 

 

キスマイの姿を見るべく、姉は毎週欠かさず見ていました。

そして当時の司会はHey!Say!JUMP。

 

 

 

少クラを見ていくうちに姉がオチた人物。

それが有岡のだいちゃんでした。

 

 

すかさずYouTubeをみてだいちゃんの姿を知っていった姉は、だいちゃんファン、そしてJUMPファンとなったのです。

 

また、藤ヶ谷くん出演により見ることとなった、やまちゃんに裕翔の主演・出演する『理想の息子』。

その主題歌を歌うJUMPをTVで見たのも引き金となり、姉のJUMPに堕ちるスピードはそれはもう速かったように思います。

 

 

まぁ、となると、私も次第にJUMPを目にすることが増えていきました。

前々からその存在をもちろん知ってはいたが。

 

 

 

……やはり山田涼介はカッコ良かった。

 

 

そこからはもう過去の雑誌をひたすら見返すのみ。

この月もあの月も、なんて良い顔をしてるんだ。そうかそうか、こういうタイプのオナゴが好きなのか、なるほど。

 

 

待てよ、この伊野尾慧とやら

えっ、、カッコ良い、あれれ…?

 

 

私のなかで二大巨頭いのありが爆誕しました。

 

 

こういうのを世間では担当というのかも知れなかった。

だけど当時の私に言わせるとなると「いや、2人は“担当”とかじゃない。JUMPが好きで特にこの2人への気持ちが少し強いだけ。」の一点張りをすることでしょう。

面倒な人間でしたがまぁそういうことにしておいてください。悪しからず。

 

 

こうしてめでたくJUMPファンとなった姉妹。

 

そして私の人生にHey!Say!JUMPが大きく関わっていくのでした。

 

 

 

 

 

 

ここまでがJUMPに至った経緯です。

 

 

もう後ひと更新、このおはなしを続けようと思います。

JUMPにズブズブになっていく過程、よかったら覗いてみてください〜

巡り巡ったオタクロード、JUMP担になるその日までのおはなし。こばなし。(上巻)

 

事の始まりは小学校4~5年生のときでした。

 

 

キッカケは至って単純なものです。

 

 

“仲のいい友達と共通の話題が欲しかったから”

 

 

 

 

9~8年前といえど、もちろんすでに嵐は大スター。VS嵐ひみつの嵐ちゃん、数々のCMやバラエティ。

 

 

 

ちょうど同時期に嵐が気になってきていた姉の存在も手伝って、たくさんの彼らの姿を観た私がファンになるのにそう時間はかかりませんでした。

 

 

キッカケは友達の話題に乗りたかったなんてちっぽけなもの。

 

だけど、次第に夜ご飯を食べながらVS嵐を見る木曜日が待ち遠しくなっている私がいました。

TVに飽き足らず、ジャニーズ雑誌なるものを手に入れ始めもしました。

 

 

 

 

いやぁ~~、、楽しかった…!!!

 

一番びっくりしてたのは私だったのかもしれない。

歌って踊るアイドル、バラエティで喋って笑っているアイドル、めちゃめちゃカッコよかった。

 

 

これが私の、ジャニーズとの出会い、そして「ジャニーズファン」となる始まりでした。

 

 

 

 

そして2011年、第2の転機が訪れます。

あのドラマがスタートしました。

 

そう、『美男ですね

 

 

 

姉が観てたので便乗したのが事の始まり。私のキスマイファン時代のはじまりはじまり。もうなんと言いますか、、

 

 

 

シンプルに柊さんにオチた。

 

 

 

 

藤ヶ谷くん、めちゃめちゃ良かった。良かった。

 

なんだなんだあのポジション。あの切ない表情。

 

 

 

第3話(?)の電話越しデートにより、食べてたカップアイスを握りつぶしそうになった思い出があります。

 

 

(当時はちゃんと見てなかったけど光くん最高だったな、絶対見返そう)

 

 

Everybody Goは、ドラマのドキドキとキスマイファンだった自分の色んな気持ちを思い出す、とても印象深い曲。

 

 

 

この頃から私は雑誌を毎月買うようになったように思います。

 

 

コンサートに行きたいと思うようになったのも、確かここらあたりから真剣に考え始めていたような。

 

 

 

より自分の中で「ジャニーズファン」な部分が大きくなっていきました。

 

 

 

そして先ほど述べた「雑誌の購読」が積もり積もって、私の新たな『好き』を生み出していくことになるのです。

 

 

~下巻に続く~

巡り巡ったオタクロード、JUMP担になるその日までのおはなし。こばなし。(前説)

いらっしゃいませどうも!!!

 

ぽんたろです^ ^

 

 

 

まずは、こんなところまでお越し頂きありがとうございます( ;  ; )

 

 

 

「前説」???なにを偉そうに!!!!

 

ごめんなさい、前説とは名ばかり。

 

ただ単にまとまらずダラダラと本文に至るまでが長くなり、しかし突然本文!もなんだかなぁ…そんなわけでザックリわけちゃいました。お恥ずかしい。

 

 

 

そんな訳の分からぬ私のお話、よかったら読んでください

 

 

 

こんなとこまで読んでくださりありがとうございます…

 

 

 

ブラジルに届くほどの土下座で感謝…

 

 

 

 

 

 

 

とまぁこんな私ぽんたろ、Twitterを始めてまだ1年生にもならぬぺーぺーです。

 

 

 

しかしどうしてもやりたくて飛び込んだこのコミュニティ、始めてからというもの、うれしい!たのしい!大好き!な気持ちでいっぱいです

 

 

 

日々みなさんのアイドルへの愛、ほんとに大好きで私も堪らずたくさんおしゃべりしてしまいます、お邪魔しております悪しからず。

 

 

 

そしてわたしは今回、はてなブログなるものに手を出しました。

 

 

 

いい意味で言えば好奇心旺盛…悪い意味では……言いません、ここはあえて。チャレンジ精神、大事にしていきたいと思います(何の話)

 

 

 

無計画に開設したブログではありますが、まずは私のオタクロードでもお話しさせていただこうと思います。

 

 

 

2019年今現在、ぽんたろ19歳。

 

こんな私でもそれなりに、私なりに、歳を重ねながら、

 

広く言えば4つのグループの「ジャニーズファン」をやってきました。

 

 

 

グループを追っていくとするならば

 

 

 

 

Kis-My-Ft2

 

NEWS

 

 

 

そして

 

 

 

Hey!Say!JUMP

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長々と前説の範疇を脱したような前説。

 

 

 

この4つグループを渡り歩いた私のおはなし。(大した物語みたいなものはないです、推しグループが変化していったどこにでもいそうないちオタクのはなしです)

 

よかったら見てってください!

 

 

 

ここまで読んでくださった方にたくさんの愛を込めて