奥にしまった涙で 花が咲きますように。
『盗まれた雷撃 The Percy Jackson Musical』
2022年、京都公演。
主演 岡本圭人
大好きだったHey!Say!JUMPのひとり。
そして、Hey!Say!JUMPではなくなったひとり。
6年振りに会いに行ってきました。
会いたいな
会ってもいいのかな
ちょっと怖いな
それでもやっぱり会いたいな
この日に至るまでに、自分の中で少し時間がかかってしまった。
てっきり次に会えるのは、特別な思いで買った君の団扇を涙ながらに振りながら、スポットライトに照らされてキラキラのステージ衣装で歌って踊る姿を見る日だと思っていたから。
大好きなグループの、大好きなそのなかの1人の新しい夢を知って、涙ながらに背中を押した4年前。
寂しいながらも、8人の姿と1人の"ひとりごと"を気持ちの支えにして、いつかの新しい9人を夢見ながら追いかけていた3年前。
8人の姿に慣れてしまったけど、「やっと」「ついに」と、もうすぐ先の未来で会える9人の姿に胸を高鳴らせて待っていた2年前。
そして、その姿がもう夢のままで終わってしまうことを突然伝えられた1年前。
手放さなきゃならないとなるとあんまりにも眩しくて、愛おしくて、そのぶん残酷な夢だった。
瞬時に受け入れられないあまり「そうかそうか、それが新しい夢なんだ。しょうがないなぁ、頑張ってよ!」なんて、情けないくらいペラペラな感情を装って身を守ってた自分がいた。
本当に情けないくらいにわかりやすい嘘だった。
あの日からずっとずっと、自分の中で悲しい顔をして居座っていた想い。
圭人が新しく見つけた夢は、Hey!Say!JUMPにいたら叶えられない夢だった?
圭人が目指す世界は、Hey!Say!JUMPとして、Hey!Say!JUMPの1人としてのままじゃ見られない世界だった?
居場所はずっとここにあったのに。
みんなはずっとここにいたのに。
これまでも、これからも、ずっとずっとここにあったのに。
待っていたのに。
またね、と見送ったあの日から、新曲やアルバムのリリースを重ねるごとに目まぐるしく大躍進していく8人のJUMPを見て「圭人どうする?JUMPこんなに凄いことになってるよ。ついてこれる?圭人も頑張ってる?」なんてにやにやしながら、そのなかに加わる圭人の姿を、進化した9人の姿を思い描いていた。
結局、叶ったとは到底言い難い、9人は9人でも、最期だと突き付けられたうえでの9人=1人と8人の姿を、配信映像の小さな画面越しに見ることになった。
それが、わたしの待ち望んでいた大好きな9人が、横に並んだ最期の姿だった。
だからこんな、決して前向きなんかじゃないこんな思いだけを抱えながら会おうとするのは怖かった。
変わっちゃったんだなって思うのが怖かった。
もうあの時の圭人はいないんだなって身をもって実感してしまうかもしれないことが怖かった。
会わないままでいたら、わたしの中の圭人はずっと、わたしの知ってる圭人のままでいてくれるかな、なんて。
そんなたらればを繰り返す中でじわじわと、新しく生まれた夢を受け入れるにはきっと、あまりにも自分は圭人を知らなすぎたんだと気付いた。
留学した後、初めこそ飛びつくように耳を傾けに行っていたひとりごとにも、アップされることが日常だと傲って段々と頻繁に足を運ばなくなったのも事実だった。
「まぁ帰ってきた時にでもまたゆっくり聞かせてよ」なんて甘んじていたわたしが馬鹿だったかな。ごめんね。
そんな後ろめたさもあり、向こうでの努力も充分に知らずに「Hey!Say!JUMPの岡本圭人」を諦めきれないまま「岡本圭人」すらも受け入れずに過ごしていくのは、ずっと帰りを待っていた自分にとってなんだかすごく情けないことのように思えた。
Hey!Say!JUMPという肩書きのない「岡本圭人」を知らないまま、ずっとあの日の圭人にばかり思いを馳せるのは違うのかな、と思った。
知らないまま、分からなかったままで終えたくなかった。
やっぱり会いたいと思った。
知りたかった、圭人がどんな夢を見つけて、どんなことを学んで、どんな力を身につけてきたのか。そんな時間を経た圭人はどんなふうにステージに立つのか。
圭人が帰ってくるのをなんであんなにも楽しみにしていたんだろうと考えたとき、単純に大好きな9人がまたくだらないことで笑いあっている光景を見たかったのもある。あるんだけど、それ以上にわたしはきっと、圭人がどうなりたくて、何をやりたくて海を渡る決断をして、実際どんなふうにパワーアップしたのかをずっと実感として知りたかったんだと思う。
望んでいた100%の光景は見られないと突き付けられた。
待っていた9人の姿は、思い描いていた100%には程遠かった。
だけど、せめて、おかえりって言いたかった。
待ってたよって、皮肉っぽくなっちゃったとしても言いたかった。
そんなこんなでやっと腹を括って会いに行くことを決めました。
『Hey!Say!JUMPの岡本圭人とのお別れ』を自分の中にしっかりと落とし込もうと思いながら新幹線に乗り込んだ。
未練を消して、圭人やJUMPみたいに前を向けたらいいなと思って、会場に足を踏み入れた。
幕が開いて、本当に圭人がそこにいて。
信じられない光景になんだか可笑しくなっちゃって笑っちゃったあの感情を、今でもはっきりと覚えている。
おかえり。
待ってたよ。
舞台の上、パーシーは歌って、踊って、戦って。
決してパーシーは満ち溢れるような自信なんてものは持ち合わせていなかった。
だけど、圭人が胸を張ってそこに立ってること、生き生きと楽しんでいることは、痛いくらいに分かった。
すごいね、圭人。
ほんとうに大きくなったんだね。
圭人が学んできたこと、やりたかったこと、やっていきたいこと、今一番楽しいと思っていることは、こんなことだったんだ。
なんか悔しいし、寂しくないなんて言ったら嘘になるけど。やっと知ることができて、嬉しかった。
上演中、思わず「かわいい」が口からこぼれてくすくす笑ってしまった場面がたくさんあった。
そして何よりカーテンコール。
目一杯客席に手を振りながら客席を端から端までしっっかりと見渡して、それもきっとお客さん一人一人と目を合わせながら手を振っていた圭人。
あまりにも変わらない大好きな圭人で、思いがけずひとつこぼれた涙がぽろぽろと止まらなかった。
上演日にアップされたひとりごと
「一生懸命、パーシーとして生きてきます!!」
文字通り、わたしが観たのはパーシーだった。
カーテンコールのその時間まで、あれはパーシージャクソンだった。
だけどカーテンコールが始まって、舞台袖から駆けてきたのは、紛れもなく岡本圭人だった。
あのときのあの時間だけ、本当の意味でやっと会うことができたと思えた。
その短い時間で会えた岡本圭人が、わたしがずっとずっと大好きだった岡本圭人だった。
大好きな人がいなくなってしまうのがつらかった。
変わってしまったんだと思うのが怖かった。
だけど、あのカーテンコールでの姿が、一人一人と視線を交わしながらにこにこと手を振る姿が、あまりにもわたしの見てきた、知っていた圭人で。
変わっていなかった圭人で。
大きな会場のカラフルな照明を反射して光る、めいっぱいに散りばめられたスパンコールの眩しい衣装を着て、トロッコに乗って、会場の隅々まで見渡しながら手を振るあの頃の圭人。
新しい夢を持って海を渡って、新しいステージで0番の位置に立って客席に手を振る圭人。
6年間の時を経て自分の目の前で重なってしまって、もう、せき止め切れなかったいろんな想いと涙が、ぐちゃぐちゃになって溢れてしまった。
狡いなぁ、
こっちが精一杯強気なフリして見送った地で自分だけの夢を見つけて追いかけてっちゃうなんて。
留学の決断をしなければ見られなかった姿だと思う。
これまでの圭人じゃ見られなかった特別な景色だとも思う。
わかってる。
そんなことはもう十分に、悔しいけどわかってる。
我儘でごめんね。
それでもやっぱり、向こうで沢山身に着けたスキルと自信を、帰ってくると約束した大好きな場所で、大好きな人たちと並んで、その中で活かされる光景をみたかったなぁと思ってやまなかった。
ねぇ、圭人。
やっぱりわたしは今でも度々思い出すんだよ。
いたジャンの1人ロケの日の夜、視聴者以上にメンバーを楽しませたいって嬉しそうに話してた圭人のこと。
そして今でも思ってしまうんだよ。
今のJUMPに帰ってきた圭人がもしもいたら、どんな化学反応が起こるんだろう。どんな風にみんなと笑うんだろう、って。
圭人がずっと大切にしてきたJUMPのみんなのなかで、大好きなみんなのなかで、眉尻を下げながら優しい顔で嬉しそうに笑う圭人のこと、きっとわたしはもう見ることができない。
変な話だけど、JUMPの8人のこと、わたしは「羨ましいな」と思う。
今でも変わらず、何も変わらず、ただただ岡本圭人という人間と親しくいられてるJUMPが羨ましい。
圭人がJUMPじゃなくなっても、みんなは度々最近も躊躇いなく圭人のことを嬉しそうに話して、会ったり話したりなんかもしていて。
あの頃の9人のことを思い出してはたまに立ち止まったり振り返ったりしてしまうわたしなんか置いて、JUMPは前を進むし、かといって圭人のことは今もみんなの中で現在進行形な関係で変わりがない。
留学中も会いに行ったり連絡を取っていた様子を知ってたから、留学の前後ずっと変わらず、Hey!Say!JUMPであるないにかかわらず、8人とJUMPの関係性は変わらず続いていたことはわかってた。だけど、JUMPにいる圭人しか知らなくて、JUMPにいる圭人をずっと好きでいたわたしは、その場から離れた岡本圭人という人をどう捉えるべきか分からなかった。
わたしはJUMPじゃなくなった圭人への想いの向け方が未だに迷子なのに、8人にとってはずっと「岡本圭人」なんだよね、きっと。
わたしはもうその変わらない関係性の中での9人を目にすることはできないのに。
変わらない愛おしさを純粋に感じることはできないのに。
ただただみんなのことが羨ましいな、と思う。
圭人に会えて、圭人の『今』を知って、あの頃の圭人への想いや一方的な幻想はなんだかんだ俄然大きくなってしまった。
だけどそれはきっと、紛れもなく岡本圭人の成長がそこにあったからだと、それが確かだということの証拠で。
わたしにもいつか、圭人に対して「新しい夢を見つけて、追いかけてよかったね。」って心から思える日が来るのかな。
いつまでもこんなだらしない感情をぶら下げていくなら、いっそもうその日が早く来てしまえばいいのにな、なんてことも思う。
笑って迎えられるその『いつか』が来たら、今度は素直に笑って背中を押させてほしい。
8人で並ぶJUMPを追いかけるわたしに、際限なくもっともっと胸を張らせてほしい。
JUMPは凄いから。
本当に、無敵だから。
圭人よりもっともっとそばで、肌で感じてるんだぞって、ちっぽけな強がり。
大好きだったよ。
なんだかんだ色々と好き勝手に話したけど、結局今も、大好きなんだと思う。
肩を並べて歩けなくても、距離が離れてしまっても、圭人が圭人で居続けている限りそれは変わりようがないのかな。悔しいけどきっと。
帰ってきてくれてありがとう。
圭人が自分の手で掴み取った世界、大切にしている世界に足を運ばせてくれてありがとう。
びっくりするくらいにかっこよかったよ。
本当に素敵な舞台でした。
ありがとう。
これからもずっと、圭人の好きな世界を愛していてね。
またね!